第10話

「あの……いつも、隣に、なりますよね」  馬頭敷駅で乗車し、今日も迷うことなく隣に座ってくれたあの子に、将則は努めて柔らかく、そして爽やかに声をかけた。ゴリラ男・木薮将則、一世一代の大一番だ。  周囲の視線が一気に集まる。それはそ…

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第11話

 まさか、ユウコも車内ヒューマンウォッチャーだったとは……将則はユウコの意外な一面を知って、急速に親近感が湧いてきた。それは、ユウコのほうでも同じようだった。  あのくしゃみのあと、将則とユウコは、新聞オヤジの生態の深い謎について語り合…

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第12話

 どうやら自分の身に危険はない、と察知した塚脇は饒舌(じょうぜつ)になり、ワイドショーの芸能リポーターよろしく神谷祐子に関する情報をペラペラとしゃべった。  基本的には真面目だが、よく笑う子であること。中学校では三年間、体操部に所属して…

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第13話

 淡い赤色の傘を持った祐子は緊張した表情を浮かべながら、いつもより少しだけ早歩きで将則の隣まで来て、照れくさそうに軽く会釈(えしゃく)をしてからそこに座った。  周囲から安堵の溜め息が漏れる。新聞オヤジのクサい溜め息とは違う、場の空気を…

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第14話

 バリバリの体育会系世界に生きる将則にとって、上からの命令は絶対だ。  一年生は奴隷、二年生は貴族、三年生は大統領、そして監督は神である。その神たるラグビー部監督の島田――通称〈島汁(しまじる)〉から、二年生は全員〝五厘(ごりん)〟にし…

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第15話

 祐子がいつもの電車に乗ってこなくなって一週間が過ぎ、夏休みが始まった。  カラッとした夏日が続いていたが、将則の心はチベット高原の厳冬だった。  外では活きのいいセミの鳴き声が賑やかに夏のメロディを奏でていたが、将則の頭の中では…

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第16話

 夏休みが終わり、二学期になった。  夏休み直前に祐子が同じ電車に乗ってこなくなってからも、将則は、その後二日間だけは二人分の座席を確保した。……確保した座席に別の乗客が座ったときの虚しさと悲しさは、言葉で表現できる類(たぐい)のもので…

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第17話

 帰りの電車で祐子と偶然再会してから、なぜか急に将則は気持ちが吹っ切れた。食欲は回復し、ラグビーに対する集中力も戻った。  もちろん、祐子を思い出すことはあったが、それで食事が喉を通らなくなるようなことはなくなった。  …

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第18話

 夏合宿でAチーム――一軍のスタメンを外され、さらにそのリザーブメンバー――補欠からも外された将則だったが、十月の後半に入ると、なんとか実質的なレギュラーとしてAチームのリザーブメンバーには戻ることができた。プレーのパフォーマンスが〝恋の病〟…

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第19話

 ラグビー部では、部内恋愛が禁止されている。  女子マネージャーは誰か一人のための存在ではなく、ラグビー部全体のサポートをする人間だから、部員との交際は認めない……というのが監督の島汁の言い分だった。部内で生臭い関係が複雑に入り乱れてし…

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